自分の中に「余白」を持て
空や海をぼんやりと眺める時間
今日はロマンスカーに乗って江ノ島へ。
眩しすぎる程の快晴で、海の対岸には富士山の姿がくっきりとに目に飛び込んできた。
江ノ島本島に渡り、海鮮丼とビールでお昼を済ませた後は、意気揚々と島の頂上に向かう。
階段を上って頂上を目指す…気持ちが湧く訳もなく、
昭和34年に設置された国内初の屋外エスカレーター「江ノ島エスカー」に頼り切り、頂上へ運んでもらう。
(頂上まで石段を上っていくと20分かかるところ、江の島エスカーだとわずか4分!)
頂上にたどり着き、さらに、展望灯台「江ノ島シーキャンドル」のてっぺんへ。
そこから、見渡せる海や太陽は息を呑むような絶景で、iPhoneにはありのままの景色を収めることはできなかった。
展望台を降りてからも、しばらくは空を眺めていた。
真っ青な空を飛び交うとんび達を、ただただボーっと眺めていた。
日も落ちて、江ノ島を後にした帰りの道中、
「あれ、こうやってゆっくりと空を眺めたのはいつぶりだろう」
と、そんなことをふと思ったのだった。
日々忙しなく、目の前の事に一所懸命に取り組むことは決して嫌いではないし、
寧ろ、そういう環境に身を置けているからこそ、今の自分があるし、
その時時の選択は最良の選択だったのだと、僕は信じている。
何より、まだまだ変化途上の身。
余裕を持って生きていきたいなんて毛頭思ってはいない。
ただ、空を眺めて綺麗だなと素直に思えるように、
心の中に「余白」は残していたいと、そんな風に考えました。
心の余白で、色んなコトを感じれば感じるほどに、
その人らしい“センス”が育まれていくのではないだろうか。
こういうことは大切にしていきたいこと、なんだな。